雛祭り

雛人形、五月人形の「真多呂人形」の雛人形

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ひな人形 ニュース

おひなさまをテーマにした万華鏡の特別展が2017年2月11日から3月20日まで、宮城県仙台市の「仙台万華鏡美術館(太白区)」で始まります。

 

男女のひな人形をイメージしたガラス製のペア作品や、ひな人形そのものをかたどった陶器製など、10人の作家が手がけた40作品が並びます。

 

来場者は自由に作品に触れることができます。

 

「真多呂人形」のルーツ、江戸木目込人形(きめこみにんぎょう)

木目込み人形

一筆でスッと描かれ、優しげな目と、ふっくらとした顔と、上品な雰囲気をかもし出す江戸木目込人形(きめこみにんぎょう)。

 

江戸木目込人形のルーツは、今からおよそ270年ほど前にさかのぼる江戸時代。

 

当時、京都の上賀茂神社に仕えていた人物である高橋忠重が作った人形が「木目込み人形」の始まりとされています。

 

京都 上賀茂神社
高橋忠重が、遷宮の際に出た、鴨川のほとりの柳の木の廃材に木彫りを施し、そこに溝を彫って神官の衣装の端切れを木目込んだ人形を製作。

 

この「木目込んだ人形」が評判を呼び、木目込の技術が江戸に伝来しました。


明治の初め頃までは、誕生当時のままの技法で、木目込み人形は作られて時間と手間がたいへんかかり、制作個数が極端に限られたものでした。

 

その頃、京都で賀茂人形作りの修行を積んだ人形師、吉野栄吉は「なんとかしてこの人形を一般庶民に普及させたい」という一念でいろいろと研究を重ね、じつに画期的な手法を考案しました。

 

二代目名人、吉野喜代治の手法を伝授し、現代の木目込み人形を確立したのが、初代金林真多呂です。

 

人形師・金林真多呂が、木調に見える新素材を使用し、姿かたちに改良を加えたものが「真多呂人形」なのです。

 

雛人形の上手な買い方

 

三代目金林真多呂さんによりますと、

 

初代金林真多呂は、京から伝わったお人形なのだから、平安時代の宮中の人々を思わせる、ふっくらとしたお顔立ちがふさわしいと、考えたようです。」とのことです。

 

初代の名人芸は現代感覚あふれる二代目に受け継がれ、現在の「真多呂人形」の原型はすべて二代目・金林真多呂の手によって完成しました。

 

その後、日展作家と共に彫刻を学んだ三代目が、表現にさらなる磨きをかけました。

 

そうして完成された雅やかな「真多呂人形」は、
木目込人形では唯一、上賀茂神社から【正統伝承者】のお墨付きをもらっています。

リアルな重厚感と雅さで、種類が多彩な「真多呂人形」

「真多呂人形」は、人形のボディに施した溝に糊を入れ、布を木目込んで造られています。

 

布の端切れをただ貼り付けるのではなく、1枚1枚、丁寧に木目込むことで、十二単の衣装の重厚感と雅さが、リアルに表現されていくのです!

 

「真多呂人形」には、ひな人形や、五月人形をはじめ、歌舞伎をモチーフとした伝統芸能人形など、多彩な種類があります。

 

「真多呂人形」のサイズが小ぶりなのは、狭いスペースでも飾りやすく、収納しやすいようにという配慮からです。^^

 

京で生まれて江戸で育った木目込人形を、自宅の特等席に飾るとは、なんと風雅な楽しみでありましょう。

 

家にふっくらとした頬、優しげな目で、上品な感じの「真多呂人形」があると、やさしい気持ちになり、心が豊かになるものですよ♪

 

本金 慶寿雛セットセット

シンプルで飽きのこない仕上げ。 根強い人気を誇る、見応えのある雛人形。

 

「真多呂人形」は、ふっくらとした気品のある顔立ちが特徴。

 

ひな人形のお姫様の髪形は、平安時代の時代考証に基づいた髪形が採用されています。

 

 

本金 慶寿雛セットセット

 

(間口78×奥行32×高さ33センチ、台座・金屑風付き)

250、560円

雛祭りとは?

人形豆知識

 

雛祭り(ひなまつり)は女子のすこやかな成長を祈る節句の年中行事。

 

時期

和暦(太陰太陽暦)の3月の節句(上巳)である3月3日(現在の4月頃)に行われていたが、明治6年(1873年)1月1日の改暦以後は一般的にグレゴリオ暦(新暦)の3月3日に行なう。しかし一部では引き続き旧暦3月3日に祝うか、新暦4月3日に祝う(東北・北陸など積雪・寒冷地に多い)。旧暦では桃の花が咲く季節になるため「桃の節句」となった。

 

歴史

「雛祭り」はいつ頃から始まったのか歴史的には判然とせず、その起源説は複数存在している。平安時代の京都で既に平安貴族の子女の雅びな「遊びごと」として行われていた記録が現存している。その当時においても、やはり小さな御所風の御殿「屋形」をしつらえ飾ったものと考えられる。初めは「遊びごと」であり、儀式的なものではなく其処に雛あそびの名称の由来があった。しかし平安時代には川へ紙で作った人形を流す「流し雛」があり、「上巳の節句(穢れ払い)」として雛人形は「災厄よけ」の「守り雛」として祀られる様になった。

 

雛人形

「雛人形」は、宮中の殿上人の装束(平安装束)を模している。「女雛」の髪型は主に「大垂髪(おすべらかし)」と「古典下げ髪(こてんさげがみ)」がある。「大垂髪」は、平安時代からの垂れ髪形式が鎌倉・室町を経て、江戸時代後期に完成された比較的新しい髪型で、ビン(前髪部分)を大きく張った髪型である。

「真多呂人形」 公式ネットショップ